岡崎簡易裁判所 昭和33年(ろ)66号 判決 1959年2月14日
被告人 笠井頼市
主文
被告人は無罪
理由
本件公訴事実は被告人は自動車運転者であるが昭和三十三年三月三十日午前八時四十分頃大型貨物自動車(臨時運行許可番号愛一六〇号)を運転し碧海郡高岡町大字竹地内県道安城挙母線を時速約三十粁位で南進し同町大字竹字北邸二十九番地先の県道岩津{竹助}生線との交叉点に差しかかつたがこのような場合同交叉点より左右に通ずる右県道岩津{竹助}生線からも進入し来る車馬のあることは当然予想される上特に同交叉点は左右道路が何れも人家のため見透しが利かないのであるから自動車運転者としては交叉点進入前に警音器を吹鳴するだけではなく一時停車若しくは最徐行して出会い頭の衝突等の事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに拘らずこれを怠り交叉点進入前に数回警音器を吹鳴しスピードを僅かに減速したのみで漫然時速約二十五粁で同交叉点に進入した過失により折柄右方(西方)道路より同交叉点に進入して来た杉阪阿喜(当四十九年)運転の原動機付自転車を約三、四米右斜前方に発見し慌ててブレーキをかけハンドルを左に切つたが時すでに遅く右前輪附近に右杉阪運転の原動機付自転車前輪を衝突させその場に車体諸共同人を転倒せしめて右後輪で轢き同人に右大腿骨骨折等の傷害を負わせ因て同日午前十一時三十五分頃同郡上郷村大字鴛鴨字米野ヶ原四の一三六トヨタ病院において同人を該傷害により死亡するに至らしめたものである。というにある。
司法警察員作成の被告人の供述調書、当審における証人岩田宏一の尋問調書、医師岩瀬三男作成の杉阪阿喜の死亡診断書の各記載によれば被告人は自動車運転者であつてトヨタ自動車工業株式会社に勤務するものであるが昭和三十三年三月三十日午前八時四十分頃大型貨物自動車(臨時運行許可番号愛一六〇号)を運転して愛知県碧海郡高岡町大字竹地内県道安城挙母線を時速約三十粁で南進中同町大字竹字北邸二十九番地先の県道岩津{竹助}生線との交叉点に差しかかつた際杉阪阿喜が原動機付自転車に乗車して同交叉路の西方から進入して来て被告人が運転する自動車の右側前輪附近に衝突転倒するや右後輪で同人を轢き左右大腿骨骨折等の傷害を負わせ、同日午前十一時三十五分頃同郡上郷村大字鴛鴨字米野ヶ原四ノ一三六トヨタ病院において右傷害に因り死亡するに至らしめたことが認められる。よつて右の事故が被告人の過失によるものであるかどうかについて案ずるに被告人の当公廷における供述、当審における検証の結果、当審における証人岩田宏一の尋問調書の記載、司法警察員作成の実況見分調書、司法警察員作成の被告人の供述調書、司法警察員作成の岩田宏一の供述調書、検察官作成の被告人の供述調書の各記載を総合すると本件事故現場は愛知県碧海郡高岡町大字竹地内を南北に通ずる県道安城挙母線と東西に通ずる県道岩津{竹助}生線と交叉して十字路をなし被告人の進路である安城挙母線は幅員五、五米被害者の進路である岩津{竹助}生線は幅員三、三米であること右両道路共両側に人家が建ち並び交叉する道路上への見透しが利かないこと本件事故当日被告人はトヨタ自動車工業株式会社の試作車である大型貨物自動車(臨時運行許可番号愛一六〇号)の速度震動状態ガソリン消費量その他の性能試験をするため荷台上に砂を入れたズック製袋六屯を積載し計測員岩田宏一を助手席に同乗させて運転し右県道安城挙母線道路の中央部を時速約三十粁で南進し右十字路より北方二六、五米の所で五、六回警笛を吹鳴すると共に速度を時速二十五粁位に減じて十字路に差しかかつたところ被害者杉阪阿喜がスキー帽を冠りその両ひだを下ろして耳及び頬を覆いその両端の紐を結び原動機付自転車に乗り岩津{竹助}生線道路の北側寄りを西方より時速約三十粁で東進し一時停止することなく十字路に進入して来たのを右方約三、四米の所に発見し直ちにブレーキをかけると同時にハンドルを左に切つたが間に合はず遂に右杉阪阿喜が乗車する原動機付自転車が被告人が運転する自動車の右側前輪附近に衝突してその場に転倒し自動車の後輪で杉阪の左右大腿部を轢き夫より南方約八米道路左側寄りに停車したことが認められる。
被告人の如く自動車の運転に従事する者は常に前方を注視して事故の発生を未然に防止すべき方法を講じなければならないことは勿論のことであるがおよそ被告人に刑法上過失の責任があるとするには被告人が相当の注意を用いたならば結果の発生を予見し得た場合でなければならない。高速度交通機関たる自動車が普及発達した現在狭い道路から広い道路に入ろうとする場合には一時停車するか又は徐行して広い道路にある車馬に進路を譲らなければならないことは当然のことであつて道路交通取締法にもその旨を規定するところでありこれを遵守励行することにより初めて交通の安全を確保し速度と運搬能力をその生命とする自動車の目的を十分に発揮することを得べく広い道路を進行する自動車の運転者に狭い道路から不意に飛び出すものに備えて横道ある場合その度毎に一時停車若しくは即時急停車をなし得る程度に最徐行すべき一般的な義務があるとは解せられない、前記各証拠によれば本件事故現場附近の制限速度は毎時四十粁(現在は五十粁)であり被告人は制限時速の範囲内である約二十五粁で安城挙母線道路中央を進行していたこと被害者杉阪阿喜が原動機付自転車に乗り時速約三十粁で一時停車することなく突然狭い横道より飛び出して来たものであつてこのことを被告人が前以て知り得る地形でなかつたこと等の事実が認められるし更に被告人の急停車の措置が適切でなかつたことその制動機ハンドル等に故障があつた等の事実も認められない、これらの点を総合するときは被告人に本件事故発生の予見が可能であつたとは認められない従て本件結果の発生につき被告人に過失の責があるとは認められないその他本件が被告人の過失によるものであると認めるに足る証拠がないから刑事訴訟法第三百三十六条により被告人に対し無罪の言渡をする。
(裁判官 西川銕吉)